アラロワ おぼろ世界の学園譚 | 004 スモールスモールサークル | 第27話 ぼやぼやしてるうちに。(奈央の視点)

ぼやぼやしてるうちに。(奈央の視点)

 一二年生合同オリエンテーション合宿は、合の字が二つも含まれている通り、日頃顔を合わせない生徒同士で打ち解け合い、話し合ったり、気が合う相手を見つけたり、心を通わせ合ったり、新しい友達探しにはうたりかのうたりの行事なんだろうけど、私はひよとわかとだけつるんで適当にやり過ごすことしか考えていない。
「昨年うちの生徒が夜中にぼやを起こし、それまでの宿泊施設が使えなくなりました。今年は場所も新たに一二年生合同で行うことになったので、くれぐれも問題を起こさないようお願いします」
 私たち一年一組の生徒はバスの入り口の前に立つ、玻璃はり先生の挨拶を、整列して聞いていた。保健室にいる時の玻璃先生と違い、担任モードの玻璃先生は不自然に堅苦しく感じる。ひよが柏原とよく保健室に顔を出していると聞き、対抗するわけではないけれど、私もひよと二人で保健室を訪れる機会が増えた。
 保健室にいる普段の玻璃先生は物腰柔らかく、またユーモアたっぷりに自分の話を交えながら相談にも乗ってくれる。
「まあ、そう言ってもさ。品行方正でいることが正しいなんて、私は思わないけどね。宿泊ってやっぱりテンションおかしくなっちゃうしさ。だからまあ、せめて上手うまくやってください。以上」
 真面目に話していた玻璃先生が、いきなりフランクな口調に変わったので、クラスの生徒から笑いが漏れた。
 去年……今年の二年生が起こしたぼや騒動なんだよな……。
 こちらの世界の出来事だとして、あちらの世界でもやはり去年同じことが起きたんだろうか。
 ――昨日の放課後、わかが家の用事で走りながら下校していったので、残された私とひよは、普段はあまり顔を出さない管理者の遊び場に行くことにした。
 ちょうど市島さん一人しかいなくて、去年のオリエンテーション合宿の話になった。
き火はいいぞ」
 遊び場で、市島さんが楽しそうに話していたことを思い出す。
「大きなキャンプファイヤーもいいけどさ。一人用のコンパクトな焚き火台でさ、その辺の枯れ木を拾って燃やすの。こっそりマシュマロ焼いたりさ」
「一人でですか?」
「うん一人で。いいよー、自然の中、周りはすごく静かで、ほんと真っ暗でさ。わたしが操る焚き火の炎だけが、闇に包まれた世界を支配しているような気になるんだ」
「それ、去年の合宿の話ですか?」
「うん、まあ、去年はね。あんまりね、ゆっくりできなかったんだけど……」
 市島さんはそう言葉を濁し、遠くを見つめていた――
 ――いや、絶対に市島さんが犯人じゃん!
 気がつけば玻璃先生の話は既に終わっていて、学級委員長の瀬加さんと副委員長の柏原が、現地に着いてからの手順を説明しているところだった。玻璃先生は挙田と頭を寄せ合って、何やらひそひそと話し込んでいる。
 当たり前のようにぬいぐるみを抱っこしながら、みんなの前で話している学級委員長を見ていると、あらためてうちは緩い学校だと思う。
 バスは出席番号順に前から詰めていくことになっていたけれど、二列目の私の席の前はなぜか玻璃先生が座っていて、普通は担任の近くの席は気を遣うものだけれど、空気を読んで空気に徹してくれた玻璃先生のおかげで、四十分余りの移動時間、楽しく過ごすことができた。
 バスが到着したのは思いの外簡素な施設で、ここにどうやって一二年の全員が宿泊するんだろうと思っていたけれど、どうやら別に宿泊棟があるようだった。
 私たち一年は施設の広間に集められ、施設の職員の方が前に立ち、歓迎の挨拶を始めた。
 その言葉の端々に、少し皮肉めいたジョークが混ざり、私たちは戸惑ったように顔を見合わせる。
 要は。
 昨年ぼやを起こした別の施設での騒ぎを、辛辣なジョークのネタにされていた。心地悪く、居たたまれない空気が流れ、次第に私たちはただうつむいて話を聞いていた。
 普段ならば、こういう空気をアッキーこと挙田が一変……そういえば、挙田の姿が見えない。思い返せば、出席番号一番の挙田と三番の私は、バスで近い席にいたはずなのに挙田の姿は周りのどこにもなかった。
 後で玻璃先生か瀬加さんにでも聞いてみたらいいか……いや別に聞く必要もないか。挙田とはそこまで仲が良いわけでもないし。
 苦行のような職員の挨拶が終わり、私たちは宿泊棟に案内された。
 部屋割りはあらかじめ決まっていて、私とひよとわかは六人部屋の同室だった。他のメンバーは三谷さん、猪篠さん、横須さんの……華やかな、いわゆるギャルチームで、あまり接点のなかった彼女たちと仲良くなれるのはラッキーだと思っていた。
 少なくとも私とわかは、彼女たちのようなタイプに臆することはない。こちらの世界では中三の一学期、あちらの世界では中学卒業まで、普通に仲良しグループの中にいたようなタイプの子だからだ。
 ひよは――苦手かもしれないから、私とわかが上手うまく立ち回って、ひよが苦痛にならないよう気を配らないといけない。私たちは、いつだってひよ最優先なのだから。
 六人それぞれに部屋に荷物を置き、私は早速、三谷さん、猪篠さん、横須さんに声を掛けた。
「よろしくー。あんましゃべったことなかったよね。せっかくの同室だから仲良くしよ」
「……おう……」
 三谷さんが表情を変えず、ドスの聞いた声で言った。
「よ、よろしく……」
 横須さんの目は、不審に泳ぎ続けていた。
「……オナシャス……」
 かすかに漏れる虫の音のようなボリュームで、猪篠さんが言う。
 ――あれ、なんか違う。この子ら……なんか思ってたのと違う。違いすぎる……。


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