アラロワ おぼろ世界の学園譚 | 001 俺らの世界は始まってイルカ | 第1話 物朗、鬼から告白を。

第1話 物朗、鬼から告白を。

「私と付き合え」
「お断りする」
「理由は」
「お前が誰か知らん」
 通り魔に出会でくわした気分だった。俺はただ何の気なしに校舎裏を歩いていただけなのに、突如として目つきの悪い女子生徒が俺の前に立ちはだかり、挨拶もなく絡んできた。なんたる不幸か。
 急所を射くような鋭い眼光、粗雑な言動、そして、どっしりと大地に根を張るような力強い立ち居振る舞い。その存在感は桁違いで、間違いなく始末に困る相手だ。絶対にヤバい。ていうかサグい。
 俺だって高校に入学して間もない、ごくごく平凡な男子生徒である。この状況だけを見れば、まるでラブコメな展開の始まりだと錯覚しても仕方あるまい。
 だが、そんな甘い思考は即座に捨てるべきだ。ここにはラブもコメも存在しない。ただバイオレンスの空気だけが充満している。何よりの証拠に、目の前にいる長い髪を後ろに編み込んだ、一見地味でおとなしそうに見えるこの女子からは、好意のかけらも感じられない。
 怒り、たけり狂っているようにしか見えない。
 彼女の瞳は、獲物を発見した捕食者のように鋭く、俺から視線を外そうとしない。どこにも逃げ場はないぞと言わんばかりだ。俺は思わず後ずさり、何か言葉を返そうとしたが、一切の音を発せられなかった。
 これは、好きな相手に告白する時のドキドキ感とはまるで異なる。ただ、殺気立った目でにらみつけられているだけの状況だ。
 むしろ「ここで会ったが百年目」と言われてもおかしくない状況だ。
 がっかりだよ。
「お前の学年と名前を名乗れ」
「……一年の童子山どうじやま
 まるで校則違反をとがめられた問題児のような、不貞腐ふてくされた返事だった。とても告白相手への態度とは思えない。いや、そもそも俺の聞き方も悪かったのか。
「なぜ俺に告白する」
「……そこにお前がいたからだ」
 俺は登山家が言うところの山かよ。「そこに山があるからだ」みたいな。
 ――はっきり言って今すぐこの場からおさらばしたい。それが正直な気持ちだ。
 だが、俺には役目があった。役目と言うか仕事である。校内で怪しいやつを見掛けたらとりあえず探りを入れるよう、とある先輩に頼まれてしまっているのだ。
 目の前の童子山を落ち着かせるように、少し声のトーンを落とす。
「……何? 罰ゲームとか?」
「罰ゲームではない。そうしろと言われてるから仕方なしにやってる」
 と、童子山が少し苛立いらだちを込めて答えた。
「……誰かに告白しろと?」
「誰でもいいから付き合ってもらえって」
「お前それ絶対ヤバいやつだろ……」
 本当にヤバい話だとは思うが、確信に近づいてきたと思う。
「誰に言われてんだよ。……いじめに遭ってるのか?」
 俺は童子山のすぐそばまで歩み寄り、慎重に尋ねた。
「……そうじゃない。誰かはわからない……けど……」
「それは見えない相手ってことか?」
「………………」
 童子山は何も言わず、唇をみしめながらうつむいていた。
 どうやらビンゴだ。先輩から聞かされていたケースの一つ、『見えない誰かからの命令』で間違いなさそうだ。
 童子山が何と引き替えに、誰かの命令に従っているのか、俺には何もわからない。もちろん、よく知らない俺に何か言われたところで、警戒心を強めるだけだろう。
 どうやって、彼女を先輩のところに連れて行けばいいのか。
 しかし、俺の考えをよそに童子山はパッと目を開き、俺に吐き捨てるように言った。
「付き合ってくれないのなら、他をあたる」
「あ、おい……」
 童子山は体を翻し、校舎の方へ駆けていった。
 油断した。俺の頭はまだ本調子ではなかった。いや、そもそも俺の本調子ってなんだ。
 の俺ならどうしていただろう。そもそもこんなシチュエーションが起こるだなんて、あり得なかった気もする。陰キャ人生十六年弱のこの俺に、女子と二人きりで話す機会なんて。
 どれだけ考えたところで正解は出そうにない。わかっていることはただ一つ。
「あいつが自覚者なのは間違いないな」


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