第28話 案じる。(和の視点)
学級副委員長という立場上、担任の玻璃先生が話している間、委員長の瀬加さんと二人並んで立っているのは必然で、いわば担任の補佐のような役割だ。だけど、僕は副委員長なので委員長の瀬加さんの補佐でもある。
つまり、特にこれといって重要な役割を担っているわけではない。
出発前の注意事項は、瀬加さん一人の話で済む程度のものだったし、僕はただぼんやりと突っ立っていただけなのだけれど、さっきまで玻璃先生と何やら小声で話していたアッキーが、だから僕に近づいてきて、個人的なやり取りをするだけの隙は多分にあった。
アッキーは他の生徒に聞こえないよう、こっそりと僕に告げた。
「なごさん、俺、合宿行かないことにした」
「え? なんで?」
「あとで連絡する。なごさんに話したいことがある」
いつものノリのいい調子とは打って変わって、アッキーの声には真剣さが滲んでいた。神妙な面持ちで話し掛けてきたアッキーの姿は、初めて見るものだったので戸惑いを覚えた。
「副委員長からは何かありますか?」
瀬加さんの言葉に、僕は我に返った。
「委員長から説明があったように、トレッキングの際は怪我には気をつけてください。僕からは以上です」
まだ進級して間がないせいか、うちのクラスの生徒はちゃんと話を聞いてくれる。こっちの世界でも、あっちの世界でも、中学時代には学級委員の経験があるけれど、纏まりのない酷いものだった。話を聞いてくれないことなんてざらで、野次られることだってあった。
今のクラスにも一見やんちゃそうな生徒はいる。初日から他のクラスメートと話しているのを見たことがない箸荷さん……は、いかにも不良というかヤンキーというか、そんな感じの女子に見えるが、場を乱すようなことはせず、ちゃんと先生や学級委員の方を向いて、耳を傾けてくれている。
ギャルメイクで派手な三谷さん、猪篠さん、横須さんなんかは、意外にもメモを取りながら話を聞いている。人間見た目ではない……と言えばその通りなのだろうけれど、彼女たちなんかはむしろ、真面目な生徒の部類なのではないかとさえ思う。
印象と大きく異なるのは、やはり学級委員長の瀬加さんだろう。いつもイルカのぬいぐるみを抱きかかえているのは、そういうキャラを通しているのか、もしくは安心毛布――って言ったか。愛着行動のパターンの一つ。
時折、変な声を上げていることもあるし、奇妙な生徒……だと思われがちで、僕も正直そう思っていたのだけれど、あらためて一緒に学級委員をやってみると、性格は真面目で几帳面だし、細やかな気遣いもできる子だと思った。
僕も、副委員長なんてやるつもりはまるでなかったけれど、まさか合宿直前になって玻璃先生に指名されるとは。瀬加さんも中学時代、学級委員の経験はあると話していた。二人とも学級委員顔をしているのかもしれない。玻璃先生はすべて承知の上で、あえて指名したのだろうか。確かに瀬加さんも僕も自覚者ではあるのだけれど。
なんだかんだで、今のところ、問題が起きそうにもない楽なクラスだと思う。
けれど――いいクラスなんて簡単に崩壊することを僕は知っている。
僕はふと、ひよさんの方に視線を向けた。生徒たちは既に、出席番号順に整列してバスに乗り込み始めているところだった。ひよさんの横に並び、素早く忘れていたものを手渡す。
「これ、ミントのキャンディー。気分悪くなったら舐めるといいよ」
「ありがとう。なごさんはぬかりないなぁ」
嬉しそうな笑顔でキャンディーの袋を受け取るひよさんの姿を見て、僕も癒やされる。
まるで、そう、僕はひよさんのそんな姿を見て、自分の傷を癒やそうとしているだけじゃないのか、と思うこともある。
だとしたら僕は、なんて利己的なやつなのだろう。
出席番号の一番後ろの、わだっちがバスに乗り込む。あとは瀬加さん、僕、玻璃先生、そしてバスには乗らないアッキーだけになった。
――木槌山青少年の村へは、バスで四十五分ぐらい。そういえば朝、ひよさんが「木槌山に来るのは二度目だよ」と話していた。僕たちはあっちの世界で同じ中学にいて、一年生の時にやはりオリエンテーション合宿で、木槌山を訪れていたらしい。一年では別のクラスだったが、僕の記憶にはまったく残っていない。ちなみに、こっちの世界は別の場所だったそうだ。
「同じ自覚者でも、記憶に差があるみたいだね」
「一年の時のことは、結構覚えてるよ。でもあちらの世界、それ以降はほとんどわからないの」
ひよさんがいじめグループに目をつけられたのは、二年生の途中からで、最初は目立ったものではなかった。三年生になってからはもう、言葉にするのもおぞましいものになっていった。
いつも以上に、ひよさんのことを気にしてしまう。
僕はただ。
もう二度と、ひよさんのあんなシーンを目撃したくない。それだけなのだ。
どれだけ謝罪を繰り返したところで、贖罪したところで、僕が抱えている罪が消えることはないだろうけれど――。
それでも。
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