第29話 管理者からのお言葉。(奈央の視点)
校長先生の挨拶は生徒の一部で衝撃が走った。私も驚いた。
宿泊棟から戻って、一、二年全員が外の広場に集まっての喜多垣校長先生の挨拶。出だしはいつも通り……というか、おそらくこういう場で、合宿の初っ端にいかにも学校長が話しそうな挨拶、それそのものだった。
「高校生としての自覚」みたいな、よくありそうな話に差し掛かった時、突然それは始まった。
『ああそうだ自覚、自覚ね。自覚者のみんなに呼び掛けておかないとね』
私たちが整列している前方の中央、校長先生が話している最中、まったく同じ校長先生の声が、もっとくだけた話し方の校長先生の声が、頭の中に入り込んできた。
校長先生の隣に立っている玻璃先生は、明らかに狼狽えた風に、首を大きく振って辺りを見回した後、校長先生の方を睨み付けている。
「曽我井先生、どうしました? 何かありました?」
『玻璃さん、普通にしててね。目立っちゃまずいわよ』
二つの声が――一つは前に立つ校長先生から発せられた音、もう一つは頭の中に直接入り込んでくるメッセージ……が重なり合って、私たちの何人かは動揺し、立っているバランスを崩して蹌踉めいた。
『落ち着いてね。そして、こういうことには早く慣れて。これから私、校長として話してる私は適当な話をするだけだから、そっちは聞かなくていい。この声だけに集中してください。喜多垣夜澄校長ではなく、管理者ヨスミの声に』
若く温柔そうな校長先生の声とは違い、管理者ヨスミの声には厳めしいものを感じる。私の左に立っているひよに目をやると、大きく目を開いて少し怯えているように映った。私はひよの右手を握り、二人で顔を見合わせてから軽く頷き合った。
『みんなに正体を明かすのはこれが初めてだから、まずは初めまして。私はこの世界の管理者のうちの一人です。管理者という存在がいることを知っている者も、知らない者にも今の私の声は届いているはず。最初に言っておくけど、私はあなたたちの敵ではないわ。味方。だからまず信頼関係を形成しなければならない。今は二年生の自覚者たちと、曽我井先生に協力してもらって、校内にいる残りの、主に一年生の自覚者の数を把握しようとしているんだけど、野良……失礼、まだ報告が上がって来ていない、勝手に隠蔽している……いえ、抱え込んでる生徒がいるはずなの。だからそれを炙り出し……いえ、私は安全だから、安心して名乗り出て頂戴ってこと』
言葉の端々に、情け容赦ない冷酷な印象を感じる。これでは、名乗ろうにも萎縮してしまわないだろうか。
『オーケーオーケー。だいたいわかった。把握しました。視線や身体の動きでわかっちゃうからね、こういうのは。怖くないわよ。もう。ひとりでいるのが不安だったら、一年一組担任で保健室の曽我井先生、あとは二年の市島さんか、関所くん、どっちか信用できる方に相談してみるといいかもね』
関所さん……って、誰だろう。どっちか信用できる方ってことは、市島さんと、その関所さんは対立しているってこと?
それと、管理者ヨスミの話で気になったこと――味方――?
ということは、この世界にも敵もいるということ……?
「長くなりましたね。ではこれで、私からの挨拶は終わりです。仕出高生としての自覚を持って、楽しい三日間を過ごしてください」
『じゃあ、私の方の話もこれで終わり。これから苦難だらけだと思うけど、自覚者としての自覚を持って、レッツエンジョイ!』
ふたりのヨスミの話が終わると同時に、後ろから「いやできるかぁ!」という小さな声と、押し殺したような笑い声が聞こえてきた。気づかれないようにそっと振り向くと、笑っていたのは瀬加さんだった。
瀬加さんも、私があまり話したことがない男子や女子といつも一緒にいる。確かあの辺りも自覚者だったはずだ。
不意に左手が熱くなっていることに気づき、まだひよの手を握ったままだったことを思い出して、そっと手を離した。
「おおーん? お二人さん熱いねえ。ひゅーひゅー」
私の背中を叩いて|冷やかしてきたわかに、私はかちんと来て、
「はあ? ちょっと驚いただけだよ」
と言ってしまったけれど、自覚者ではないわかにはヨスミの声が聞こえているはずもなく、慌てて、
「少しふらついてたからさ……ひよが」
と付け足した。ひよは一瞬意味がわからずに無反応でいたが、すぐに察して、
「……うん。ちょっと、やっぱりバスに酔っちゃったみたいで」
とフォローしてくれた。
「え? ひよ、先生呼ばなくて大丈夫?」
「うん、もう大丈夫だよ。奈央ちゃんのおかげで落ち着いたよ」
微笑みかけるひよの姿を見て、咄嗟の言い訳に使ったことが申し訳なくなり、心から反省した。
「そっか、いやぁ、てっきり、%*●☆くんからひよに乗り換えたのかと思った」
「そんなわけあるか」
そんなわけあるか。名前も聞き取れないような相手から、どうやって乗り換えるんだ。
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