アラロワ おぼろ世界の学園譚 | 006 アラロワ・ザ・マイク〜断片集 | 第43話 今はいない誰かの話。

第43話 今はいない誰かの話。

 ・瀬加せか一図ひとえ……イルカを抱えた委員長。
 ・童子山どうじやまるる……今回は特になし。

 【一図の部屋にて】

 童子山:今日、チーさんは?
 瀬加:あっちの部屋でテレビ観ながら充電中。世界の情報を集めてるんだって。
 童子山:へえ。熱心だな。
 瀬加:そういやさ、もののことなんだけど……。
 童子山:物朗くんがどうかしたの?
 瀬加:もう、ほとんど記憶が戻ったって言ってたでしょう。
 童子山:どうなんだろ。どこまで記憶が復活してるのか……。こっちから確かめるのも躊躇ためらわれるし。
 瀬加:それは、うん。まあ、いいんだけどさ……。
 童子山:うん?
 瀬加:だいぶ元通りになってきてるっていうか……。あのね、あたし結構クラスのこと観察してるの。
 童子山:学級委員長だもんね。真面目だなぁ。
 瀬加:ものが、クラスの子に話し掛けてる機会が増えてきたなぁって。
 童子山:ああ。中学の時のあれ?
 瀬加:あそこまでではないんだけど……。誰にでも話し掛けてるっていうか、ほんと分け隔てなく、必ず何か一言声を掛けてて。
 童子山:それは、結構あれに近いんじゃないの?
 瀬加:放っておいたら、人気者になっちゃわないかなぁ。もの。
 童子山:人望が無いよりは、あった方がいいと思うけどな。つまりひとちゃんは、また物朗くんのことを好きになる子が現れるのを警戒してるわけね。
 瀬加:ふああああ? 別に、そういうことじゃ……。
 童子山:あの時は、それでてみちゃんが暴走して、めちゃくちゃなことになっちゃったからね。
 瀬加:うん……。てみちゃん……今どうしてるんだろう。ものも心配だろうなぁ。
 童子山:それなんだけどさ。
 瀬加:なに?
 童子山:物朗くん、たぶん……てみちゃんのこと、覚えてないと思うよ。
 瀬加:ふああ?
 童子山:昨日、ちょっと物朗くんと話して、てみちゃんの話を振ってみたんだけど、てみちゃんがどういう子なのかも全然わかってない感じだったよ。
 瀬加:そんなことある? だって……物朗くんとてみちゃんは……付き合ってたんじゃないの?
 童子山:バレンタインデーのあと、確かに物朗くんの口からそう聞いた。でも、すぐにうまく行かなくなったのかもしれない。わからないんだよ。あれから、てみちゃんとも話さなくなっていったし。
 瀬加:るるちゃん言ってたよね。てみちゃんと付き合うようになって、もの誰ともあまり話さなくなったって。
 童子山:うん。
 瀬加:なら今のものは、元通りになってきたってことなのかな。てみちゃんと付き合う前の、以前のものに。
 童子山:そもそも、前の世界がああなる前に、もう別れてたのかもしれないけど……。物朗くんがてみちゃんのこと覚えてないんじゃ、確かめようもないな。それこそ、てみちゃんに聞くしかないけど……。
 瀬加:てみちゃん……どこにいるんだろう。
 童子山:前にも話したけど、私たちがてみちゃんのことをこれだけはっきり覚えているってことは、てみちゃんはこの世界のどこかにいると思うんだよ。確証はないけど、私たちの記憶ってそういうことじゃないのかなって。
 瀬加:うん……あたしもそう思ってる。ものは、記憶の復活が遅れているだけなんだろうね。

 ——盗み聞きするつもりなどなかったが、テレビにも飽きたので、インターネットにヒントを求めようと、パソコンのある場所へ向かう途中、お嬢の部屋の前を通り掛かった。
 体長二十センチにも満たないオレだから、ドアの隙間から聞き耳を立てていても気づかれなかったんだろうな。
 お嬢とルルコの話題が変わったところで、オレはリビングに戻り、大きな息を吐いた。
 そうか。なるほどな。
 だからガキどもは、テミの話には口が重かったんだな。
 たかがガキの恋愛って言っても、オレが中学の時はクラスに出産したやつもいたからな。もう、その子供が中学生ぐらいになってるんじゃないのかね。
 とにかく、バレンタインデーだ。その日に、テミとモノは付き合い始めた。オレの記憶は、その前日で途絶えている。ルルコが家にやって来て、お嬢とチョコレートを作っていたあの日だ。
 野暮やぼになるから何も言わなかったが、あれはおそらくモノに渡すために手作りしてたんだろうと思っていた。
 二月十四日を境に、あいつらの関係は一度壊れた。
 モノがテミのことを覚えていないっていうのは、まあ本当だろう。しかしそれもいつか思い出すかもしれない。
 もし、テミが今目の前に現れたら、あいつらはどうなるんだろうな。
 あいつらがいつまでもガキじゃないことは理解していたつもりだが、大人としてあいつらに——お嬢に何かしてやれることはあるんだろうか。
 願わくば、お嬢が深く傷つくことのないよう、神だか何だか知らねえものに祈るしかないんだろう。
 オレがイルカで良かったよ。
 ——もしオレが七哉しちやのままだったら、今、お嬢のそばに居られたかどうかもわからねえんだから。

 (了)


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