アラロワ おぼろ世界の学園譚 | 004 スモールスモールサークル | 第31話 長い青い夜。(秋の視点)

第31話 長い青い夜。(秋の視点)

「もしもし」
『し……もし……しもー』
「あれ? 電話遠い? そっちは携帯電話じゃないのに?」
『あ、ごめんごめん。受話器持つの忘れてたよ』
「いきなりボケるのかよ! おもしれー男」
『あはははは』
 ――こんな感じで会話が始まるとは思っていなかった。俺は正直、なごさんと話すことに対し、内心ビクビクしていたが、普段よりも明るいトーンで話してくれたなごさんに救われた。
「いや、本題じゃないんだけどさ。なごさんにちょっと聞きたいことがあって」
『何?』
「聞いてもいいのかなってな」
『何? こっちが話しにくいようなこと?』
「うん。まあ、そうかもな」
『あー……じゃあ、全然話しにくい内容じゃなかったら、今度みんなで行くカラオケ代、僕の分、おごってもらおうかな』
「え? どういうルールだよ。って、カラオケ行くの?」
『うん。今日、わだっちがそう言ってた。女子も誘うんだって。たぶん……ギャルの子たち呼ぶんじゃない?』
「すげえな、わだっち! たった半日で、どんな展開が繰り広げられたんだよ! ギャルの子たちって、いつも教室の後ろに集まってる子らだろ。俺もまだ、そんなに話したことねえぞ」
『そんなに、って言える辺りはさすがだなぁ。まあ、何があったかは今後のわだっち主役回を読んでもらえたら』
「もう、執筆されるの決定事項かよ!」
『で、何が聞きたいの?』
 ――このまま会話が脱線したままならば、俺も気が楽で居続けられるだろうと思った。けれど、玻璃先生に頼み込んで、わざわざこの時間を作ってもらった。順を追って、本来の話を進めるしかない。
 俺は努めて平静を装い、気まずい空気を作らないよう話すことだけ意識する。もちろん、どうなるかはなごさん……柏原和くんにも掛かっているのだが。
「なごさん、自覚者だよな」
『ああ。うん、この前話したよね。そうだよ。僕はアッキーもそうだと知らなかったから、ちょっとびっくりしたけどね』
「いや、聞き耳立てて悪いなと思ったけど、氷上さんとそんな話してただろ。今の世界がどうって」
『そうだねえ。やっぱり、言い方に気をつけないと怪しまれるよね。自覚者同士ならまだしも、そうでないひとに聞かれたら、何言ってんだこいつ!? ってなっちゃう。アッキーで良かったよ。いずれ知ることになっただろうし』
 ――さて、失敗のないように言葉を選びながら話を進める。
「それでさ。なごさんって、あっちでは女子だったんだろ?」
『いやあそうなんだよね。レアケースだよね、たぶん。いや、わかんないか。全然別人に転生してるひともいるのかもしれないし。他のひとのことまでは、なかなかわからないよね』
 ――心なしか、なごさんが少し早口になったように感じた。いや、俺の考え過ぎだろうか。
「なごさん的には、どうなんだ? その、アイデンティティっていうか」
『僕は僕だよ』
 ――なごさんが、きっぱりと言った。俺の言葉に、ほぼ間髪を入れずに。
『確かに自覚者だし、あっちの世界ではそう。柏原和美なごみ、一文字違うんだよ。だけど記憶が混ざり合っても、そちらに引っ張られることはなかった』
「んー、なるほどな。人格というか、じゃあ、なごさんの主体っていうのは……」
こっちの僕だよ。あっちはもう……本当に記憶の部分だけ……とは言えないかもしれない、けど……』
 ――それまで普通に話していたなごさんの声が、言葉を選ぶように、少しゆっくりとしたペースになった。あまり聞き過ぎたら、よくない話なのかもしれない。
「あ、ごめん。話しにくいことだったら」
『そうじゃないよ。いや、あのさ。感情とかね、ネガティブな感情とか思い、思い出、そういうのは引っ張ってるように感じる』
「……トラウマとか?」
『そうだね。ごめんね、これはちょっと僕だけの話じゃないから、詳しく言えないけど』
「そっか。ごめんな、変なこと聞いて」
『いいよいいよ。全然。それで、アッキーは僕に何か話があるんだよね』
 ――なごさんが、すぐに話を戻してくれて助かった。俺も、そろそろ覚悟を決めることにした。
「うん。そう」
『もしかして、あっちこっちの話? アッキーも別人に転生したの?』
 ――そっちに取られてしまったか。
「ああ、違う違う……。いや、それはたいしたことじゃないって言うか。俺は、たぶんそんなに変わってないんだ。ほぼ、そのまま。つまり、ええっと……」
 ――ここで、はっきり言うしかない。
「俺、女なんだよ」
『えっと、それはえっと、つまりえっと、アイデンティティがってこと?』
 ――一瞬たりとも黙ろうとはしないなごさんの会話には、俺への気遣いが強く感じ取れる。やはり、最初に話す相手になごさんを選んで良かった。――だが違う。やっぱり、また別の方向に解釈されてしまっている。
「違う違う。それは逆。俺はあっちでもこっちでもそうなんだよ。俺は挙田家の一人娘なの。でも性別がバグってんの」
『……あ、あー、あーあーあー』
 ――初めて、なごさんの言葉が詰まる。その間、その後の言葉に、俺はおびえた。だが、続くなごさんの言葉は、俺がまったく想定していない意外なものだった。
『それはサプライズだなぁ』
「え? サプライズ?」
『あれ? 言葉間違ってるっけ。えっとさ、まるで思いつきもしなかったってこと。万に一つも、正解にたどり着けない話だった。おめでとう」
「俺、祝福されてるの!?」
『ああごめん。ふざけすぎたね……話してくれてありがとう。いやまだ、こっちの頭の中は混乱してるけど。把握したよ。まあ、わかってるんだかわかっていないんだか、ではあるけど』
 ――これは、なごさんの生来の優しさだろうと気づく。言い回しにかなり気を遣ってくれているのを感じる。ちくちく痛むような単語が出て来ない。俺に対する決めつけもない。今まで、不快に思った言葉が今まで一つも出て来ていない。


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