第2話 そんなことより千年ウォーク。
自覚者とは自覚した者、もしくは自覚している者のことなのだそうだ。先輩から軽く説明を受けた時、俺はまだ混乱状態にあったが、自覚者という言葉である程度自分を納得させることができた。
あの童子山はどうなのだろう。俺に対する突き放したような態度は、記憶が混濁していることに戸惑っているのか、それとも元の性格なのだろうか。
――童子山、あいつはまるで酒呑童子そのものだ。玉藻前や大嶽丸に並ぶ大酒呑みの悪鬼。とにかく暴力的な鬼。
非暴力主義を信条としている俺としては、あのようなタイプとは可能な限り関わり合いたくない。
だが、これも仕事である。仕事なので仕方がないのだ。まだこれが初仕事ではあるが、こんな業務を繰り返していれば、過重労働でいつかこの世界からおさらばしかねない。
だって、告白してきた女子に殺意を向けられるんだから。もしこれがハーレム状態になって、毎日告白されるようなことになったら、三日目には確実に死んでいるに違いない。
――話がかなり逸れてしまった。いや、たいしたことじゃない。少し、モノローグを楽しんでみたかっただけだ。
立ち位置的には俺は、適当に「やれやれ」とか言ってればいいんだろうし。
入学したばかりの俺には、まだ頼れる友人も知人もいない。童子山を見つけるための情報源など、皆無に等しい。仮に親しい生徒がいたとしても、この異常な状況をどう説明すればいいのか皆目見当もつかない。単に怖そうな女子生徒に絡まれただけではないのだ。先輩の言っていた案件であることは間違いないと思うが、この学校で一体誰が事情を理解してくれるのか、俺にはまるでわからない。
俺だって、自覚した瞬間は混乱に陥った。しかし、自分だけがおかしいのではないかと疑い始めた時、むやみに騒ぐことがかえって不利になると瞬時に悟った。
ここにいる俺は、ここでは異質な存在なのだ。
おそらく、俺と同じように息を潜め、目立たないよう学校生活を送っている者も他にいるはずだ。だけど見分けがつかない。
童子山はどうだろう。明らかにまともじゃない。もちろん、あれだけわかりやすいやつが次々に現れたら、この世界はすぐさま崩壊してしまうだろう。そのくらいのことは俺にもわかる。
しかし結局、童子山に関する確かな手掛かりは何一つなく、動きようがなかった。
途方に暮れて立ち止まり、次に踏み出す一手を考えていたその時、ポケットの中でスマホが唐突に震えた。画面を確認すると、俺の心の支えとも言えるお笑いコンビ『千年ウォーク』がライブ配信が始めたという通知だった。
今の俺にとって、これが唯一の癒やしと言っても過言ではない。しかし、その配信の視聴者はいつも一桁台。この世界での千年ウォークは、苦戦を強いられているのだ。だからこそ、数少ないファンである俺が、彼らを支えていかなければならないのだ。
怖ろしい鬼よりも、面白いお兄さんたちを優先するのは当然じゃないか。
俺は慌ててポケットを探り、イヤホンを探した。だが、見つからない。焦って鞄の中を引っ掻き回すが、そこにもない。……ああ、机の中だ。教室の、自分の机の中に入れたままだったことを、やっと思い出した。
「もう、なんなんなんなん!」
俺は、一時代を築いた千年ウォーク・ひらっちの伝説的ギャグを忠実に再現した。最初の「なんなん」で右を向き、手のひらを向かい合わせて上下に振る。そして左を向き、残りの「なんなん」に合わせて同じ動作を切り返す。
前の世界では、お子様からお年寄りまで誰もが知っている、まさに国民的ギャグだ。しかし、今ここで俺がひらっちの物真似をしたところで、ただの変人扱いされるだけだろう。
考えすぎると気が滅入る。余計なことは考えないと決意したはずなのに。
気持ちを切り替えて、イヤホンを回収しに教室へ向かうことにした。校舎に入り、廊下を歩きながら「なんでこんな時に限って忘れるんだよ」と自分を責めつつ、足早に進む。教室までの道のりがやけに長く感じられる。今の俺にとって最重要なのは、千年ウォークのライブ配信だ。お笑い好きの血が沸き立っている間に、童子山のことなどすっかり頭から消え去っていた。
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