アラロワ おぼろ世界の学園譚 | 001 俺らの世界は始まってイルカ | 第6話 パイセン、俺はやり遂げました。

第6話 パイセン、俺はやり遂げました。

 俺たちは市島先輩に促されるまま、後ろをついていった。市島先輩は前方を見据えたまま、足早に進んでいる。長い髪をサイドでまとめ、垂らした髪の束が動くたびに揺れている。その姿は小柄ながら心丈夫な、意志の強さを感じた。
「童子山さん、あいつ、自分のこと、なんて名乗ってた?」
「名前は聞いてないですけど……僕はこの世界ではなんだってできるんだよ……とかって」
 童子山は一瞬目を丸くして、そしてゆっくりと返事を紡ぎ出した。
「神様気取りか、あいつ」
 童子山の回答に、市島先輩は憎々しそうに怒りのこもった言葉を投げ捨てる。
「あれは、誰なんですか?」
 俺も黙っていられず、市島先輩に尋ねた。
かい管理者の一人……たぶんね。わたしも詳しくは知らないんだ」
 只者ただものではないことは、もちろん俺にだって理解できる。しかし管理者ってなんだ。俺はまだ市島先輩に、そんなやつが存在することを聞かされてはいない。
「まあまあ、いいじゃない。三人とも無事だったんだから」
 市島先輩の横を軽やかに歩く女子生徒が、笑顔を浮かべて言った。三人というのは、童子山の妹も含めて、か。
 もう一人、一緒に歩いている男子生徒は黙っていたが、やはり笑顔を見せていた。この二人の清爽な美男美女の、おそらく先輩であろう人たちと会うのは初めてだった。市島先輩の関係者だろうか。
 ――校舎に入り、一階奥の生徒会室の前まで連れ立って来た時、女子の先輩が思い出したかのように告げた。
「わたし、もうそろそろバイトに行かなくちゃ。悪いけど、ここでさよならするわね」
「え? そうなの?」
「俺も、家の用事があるからそろそろ」
 男子の先輩の言葉に、市島先輩が不快感をあらわにする。
「わたしひとりに押しつけてばっかりじゃん!」
 市島先輩は、まるで子どものようにバタバタと地団駄を踏んでいた。え、先輩ってそういうキャラだったのか?
「もう、キキちゃん、ねないでよ。後は童子山さんの聞き取りだけでしょ。キキちゃん、ひとりでできると思うもん」
 女子の先輩が、からかうように言った。その言葉に、市島先輩はさらに不機嫌になったようだ。
「なんだよなんだよ、わたしのことバカにして!」
 ぷくーっと、市島先輩がほおを膨らませた。学園日常アニメ的な会話の応酬にいたたまれなくなった俺は、
「あの、俺はどうしたら……」
 と、抵抗の言葉を発するのが精一杯だった。
「新田くんも帰っていいよ、もう。童子山さんだけ残って、わたしと生徒会室で話そう」
 そう言われても……だった。俺は市島先輩に頼まれて仕事をした。報酬を手にするまでこの場を離れるわけにはいかない。
「ああ、そっか。ご苦労様だったね、新田くん。これ、バイト代ね」
 市島先輩はそう言って、俺に布の袋を手渡した。俺はお礼を言う余裕もなくなり、すかさず小さな布の袋をひったくり、袋のひもを解き、手のひらにを取り出した。
 実である。木の実なのか果実なのか、よくわからないがとにかく実である。ファンタジーの世界に登場しそうな、やたらと価値だけは高そうな正体不明の実である。
 赤と青と緑がまだらに混ざり合った、毒だと言われれば信じるだろうデザインの実である。
 俺は意を決して実をかじり取り、奥歯でゆっくりとみしめる。味も、決して美味とは言えないものだった。
 やがて口腔こうこう内に実のエキスが広がり、すぐに脳がしびれるような感覚が襲ってきた。体温が変化し、心音が強調されて響き始め、体が上へ引き伸ばされるような感覚を覚えた。
 冷や汗が止まらなくなり、全身の体毛が逆立つ。俺は夢中になって残った実に食らいついた。

 少し離れた場所に立っていた童子山が、まるで汚いものを見るような目で俺のことを見ていた。

 (了)


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