第16話 カレーなるトーク。
ほぼほぼ同一の世界だけど、何かが少し異なっている……そういうことなのか、それとも俺たちがたまたま類似した状態を引き継いでいるだけなのか。まるで違う環境に転生させられた者もいるのだろうか。
確かに、市島先輩の話だけでは、説明しきれないことがある。るるが先輩を疑うのも無理はない、ということなのかもしれない。
いや、それよりも。俺はるるに伝えようとしていたことを思い出した。
「俺さ、るるのこと最初、鬼のように怖いやつが現れたって思ってたんだ。コロスとか物騒な言葉遣いだったから、つい」
「物朗くん、さすがにそれは千年ウォークのファン失格だと思うぞ」
るるの言葉に、俺はなんのことかわからず困惑した。
「どういうことだ?」
「コロスコロスコロスは、春実さんの持ちギャグだぞ。春実さんの存在、ほとんど覚えてないだろ」
るるの説明に、俺は愕然とした。確かにひらっちの相方……生栖春実のことをほとんど覚えていない。そして、るるが発していた言葉が、まさか千年ウォークのギャグだったとは。
「え、ああでもやっぱり、ひらっちさんの印象の方が。ほら、前の世界ですごい人気だったし」
「物朗くん」
るるの口調に、この後、重大なことを告げようとする雰囲気が漂っていた。俺は思わず身構えた。
「春実さんは写真集を出して、ピンで冠番組を持つほどの人気者だったんだよ。ひらっちさんは、そんな春実さんの陰に隠れた『じゃない方芸人』だぞ」
俺は衝撃を受け、頭がクラクラしていた。前の世界の記憶と、今聞いた事実があまりにもかけ離れていて、現実感が揺らいだ。
「しかも今の世界のひらっちさん、物朗くんと全然見た目違うからな。髪型もリーゼントだし」
「俺の存在、なんなんなんなん……」
俺は弱々しく、ひらっちのギャグのポーズを取ろうとしたが、もはやそれが本当にひらっちのギャグなのか、自信を持てなくなっていた。
——やがて、階下からぴゅあの明るく甲高い声が聞こえてきた。俺たちはリビングへと降りていく。部屋中に食欲をそそる芳醇な香りが立ちこめていた。
童子山家の両親は海外赴任中で、ほとんど姉妹二人きりで暮らしているそうだ。そのため友人を招き、一緒に夕飯を食べるのが当たり前になっていたらしい。俺とひともたびたび招かれていたようで、何をご馳走になったか覚えていないのが申し訳なく感じた。
今日のメニューは、ぴゅあ特製のフルーツカレーだった。意外な組み合わせに、俺は驚きと期待が入り混じった気持ちになった。
独特な色味のカレーに少し戸惑いながらも、スプーンを手に取る。ゆっくりとカレーをすくい、果物の一切れも乗せて、おそるおそる口に運んだ。
「うん、これ、なかなかいけるな。フルーツの自然な甘さがカレーのコクと見事にマッチしてる。リンゴの歯ごたえがアクセントになってて、ブドウの甘酸っぱさがスパイシーさを引き立てる。実は、世界中にフルーツカレーの伝統があってさ、たとえばマンゴーやパイナップル、ジャックフルーツを加えたものなんかは……」
俺は夢中でカレーを口に運び続け、食べるペースも、話すスピードも加速していった。るるの呆れ顔が気になりつつも、ぴゅあの満面の笑みに後押しされ、カレーと蘊蓄の両方を止めどなく口にした。
「だーよーねー。さすが新田さんは舌が肥える、ウケル」
人懐っこいぴゅあの言葉に、俺はすっかり気分を良くしていた。
「俺もう、ぴゅあちゃんとコンビ組もうかな……いっそ、るるも一緒にトリオで、舌がコエルウケルコロス」
「私は二度とやらないからな。あんな恥、もう掻きたくない」
「え? 俺たちやったの? 人前で? 舌がコエルウケルコロスを!?」
何それ楽しそう。どんなネタだったの? 誰が書いたの? どこでやったの?
「新田さんが台本書いてさ、やったよねー去年。文化祭で」
ぴゅあの発言に、俺の胸の内に熱い炎が燃えさかった。今、二年生のぴゅあと俺たちは、去年は同じ中学に通っていて、三人で漫才だかコントだか漫才コントだかを披露したらしい。
俺たちにとって千年ウォークは、乗り越えるべきライバルだったのか?
「もうねえ、すごかったよー。笑いはゼロ、聞こえてくるのは咳払いと椅子を引く音だけ、まじウケル、ウケナサスギル」
「物朗くん、君はお笑いのセンスはまったくないから、違う道に進んだ方がいいと思うぞ」
……ひらっちさんに抱いていたシンパシーの正体はこれか。
俺はもう何も言葉を発することなく、黙ってカレーを食べ続けた。
(了)
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